つばさワンダーランド 川柳日記

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zoom RSS 土用入り 早くも今日は うなぎ食べ

<<   作成日時 : 2009/07/19 23:34   >>

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 今日は土用入りの早々、土用の丑の日。知らなかったが、今年は夏の土用の丑の日は二日ある。今日は、三連休の真ん中。なのに町内会では側溝掃除と公園の草取りである。
 夏休みに入ったばかり、と言う事もあって、今日は留守の人が多かった。そのせいか、側溝掃除や草取りには欠席ばかり。私と同じ組の奥さんは、「三連休の真ん中に日取りを決めないでくれと町内会の執行部によく言っておいて」と役員らしい男性に文句を言っていた。ごもっともである。私も、さくらんぼの入院がなかったら、彼と上田か軽井沢へ避暑に行っていただろう。
 草取りで結局、疲れ果てて、シャワーで体を洗った後は、さくらんぼを起こして寝ていた。さくらんぼに代わりに、スーパーに行ってもらったのだ。で、起こされて、ご飯を食べて、テレビを見て過ごす。
 夕食はうな丼。あまり好きではないメニューだ。幸い、ここらのうなぎは関東風。関西風の油っこい生臭い、それでいて皮だけ固いといううなぎではない。実は私は関西風のうなぎはあまり好みではない。と、いうか、脂っこい+生臭いのが嫌い。関東風のうなぎは従姉んちの川越で初めて食べたが、そのあっさりして柔らかい美味しさに驚いた。
 実は、うなぎを蒲焼にする技術は江戸末期から。文政期以降だ。流行は幕末と意外に新しい。道理て、砂糖も割下も、江戸末期にやっと庶民に行き渡る調味料である。で、醤油にいたっては、意外にも江戸中期までは輸出用で大名しか食べられなかった。庶民はしょっつるやくさや汁(実は私、くさやの干物は食べた事はない)の原型のような魚醤。みそ・塩しか調味料はない。甘味料にいたっては米や樹液から作る水あめ類、わずかに取れる日本ミツバチの蜂蜜しかなかった。初めて作られた大福餅や羊羹は、実は辛かったそうな。甘くなったのは、文化文政期以降。意外な話である。
 それまでのうなぎは塩焼きで、精はつくが、味はまずかったらしい。今でも蒸さない関西風の蒲焼にその名残は残っている。だから、あまり高級な食材ではなかった。
 庶民の調味料に関しては、日本は、文化文政期までは奈良時代とさほど変わりがなかったと言える。意外に思うかもしれないが、今の日本料理は幕末に作られたと言っても、過言ではないだろう。案外、伝統とされている食文化は新しいのだ。

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